2016年7月26日火曜日

北の将軍様の真の父親だとされる畑中理@黒龍会





青山繁晴@汚腐乱巣派







既に書きましたが鳥越と同じ穴の狢なんですね。で、サマナどものお掃除といふ名の罰ゲームの執行役としてアベシンゾーにより大抜擢されたわけです。(爆wwwwwwwwww


日本を英米相手の負け戦に導いたのは汚腐乱巣派



で、もう一つの「あづまや」が・・・






日本を英米相手の負け戦に導いたのは汚腐乱巣派なんですよ。そして未だに多くの手羽先やらサマナどもが踊らされ続けてるわけ。(爆wwwwwww


2016年7月25日月曜日

ラ・フランスといふ名の「洋なし」

大橋巨泉さん
自身の俳句を焼き付けた皿、山形県に残す
2016年7月22日

俳句好きだった大橋巨泉さんは、自身の俳句を焼き付けた皿を山形県に残していた。

2007年春、テレビ東京の番組収録で同県上山市の、かみのやま温泉「日本の宿 古窯(こよう)」を訪れたときのもの。俳句は「ボルドーの 赤はむらさき 春灯」。自身も句を詠む女将の佐藤洋詩恵さんは「山形はラ・フランスとブドウの産地。ラ・フランスの“フランス”をボルドーとかけてくださったのかな」と振り返る。

巨泉さんは気さくで、佐藤さんと俳句の話で盛り上がったという。宿には著名人がたくさん訪れるが「一番印象に残っているのが巨泉さん」という。業務統括部長の三潴勉さんは「お皿は永久に館内に飾り続けます」と話している。(スポニチ)
http://mainichi.jp/articles/20160722/spn/00m/200/016000c






仏教テロリスト、即ち仏狂テロリスト、即ち汚腐乱巣派。

黒龍会のバックのバテレンですな。(爆wwwwwww

ホーリー・アーティザン・ベーカリーが違法営業だった件



【ダッカ人質テロ】
「テロには絶対負けない」 現場レストランのオーナーが慰霊祭で献花

慰霊祭に出席したアラム・クルシド・マイケルさん=東京都北区(伴龍二撮影)

 東京都内でダッカ人質事件の慰霊祭が開かれた17日、会場で献花する男性がいた。男性は事件現場となった飲食店「ホーリー・アーティザン・ベーカリー」のオーナーの1人、アラム・クルシド・マイケルさん(49)。店は銃撃戦の傷跡が生々しく、封鎖されたままだ。それでも「テロには絶対に負けない。絶対に店を再開させる」と再起を誓う。

 昭和61年に日本語を学ぶために来日し、日本の企業に就職。レストランは2015年春に知人らと共同で開店させた。イタリアやスペインの料理を提供。値段は現地の基準では高級な部類に入るが、外国人客を中心に評判は広がった。

 事件はアラムさんが日本にいるときに発生。日本時間2日未明に現地から一報が入った。当初は強盗が入ったのだと思ったが、次第にテロの様相を帯びてきたことが判明。犠牲者が多数出たことも知った。「日本は大好き。テロ行為とバングラデシュは関係ないとはいえ、犠牲となった方に申し訳ないと思う」と心を痛める
店は事件後に封鎖され、営業もしていない。アラムさん自身も現地に行けておらず、店の状況は気になっている。「店内は大変なことになっているようだ。再開のめどはたっていない」と漏らす。一方で、世界中から営業再開を願う応援のメッセージが寄せられ、5千件を超えているという。「テロには絶対負けない。簡単ではないが、もう一度開きたい」と話した。
http://www.sankei.com/affairs/news/160717/afr1607170019-n1.html
しかし・・

「ロッテ・スキャンダル」、いよいよ本丸にメス

 韓国財閥5位のロッテグループの裏金疑惑を捜査しているソウル中央地検特捜チームは200億ウォン規模の税金を不当に還付させた容疑で「ロッテ物産」のキ・ジュン前社長を昨日(23日)、逮捕し、拘置所に収監した。ロッテへの捜査が開始されてからグループ系列会社の社長の座にあった人物が拘束されたのは初めてのケースである。
検察によると、キ・ジュン前社長は「KPケミカル」(現「ロッテケミカル」)の社長だった2006年に実際に設置していない機械装備などがあるかのように操作した会計資料を基に国に税金還付訴訟を起こし、法人税207億ウォンを含め加算税や住民税など総額で253億ウォンを騙し取った疑いが掛けられている。
「ロッテケミカル」は2010~13年に石油化学原料を輸入する際、取引に日本の「ロッテ物産」を介在させ、巨額な手数料を支払い、裏金を調達していた疑いを持たれているが、キ前社長はいずれの容疑も否認している。
ロッテグループ系列では時価総額9兆ウォンを超す中核会社である「ロッテケミカル」の前社長の身柄を確保したことで検察は「ロッテ・スキャンダル」の核心である第2ロッテワールドの認可をめぐるロビー疑惑について本格的に取り調べることにしている。というのも、キ前社長は認可を得た李明博政権下の2008年2月からの2年間、第2ロッテワールド施工会社である「ロッテ物産」代表理事兼社長の座にあったからだ。キ前社長は「ロッテホテル」のチャン・ギョンジャク前総括社長と共に「第2ロッテワールド疑獄」の核心人物と目されている。
キ前社長の逮捕で「ロッテケミカル」関連の捜査が進めば、ホ・スヨン現社長、さらにはロッテグループの総帥である辛東彬(日本名:重光昭夫)会長の召還も避けられないという。辛東彬会長の出国禁止措置はまだ解除されてない。
検察は、この他に政府官僚らを相手に金品を贈与し、ロビー活動した疑いが持たれている「ロッテホームショッピング」のカン・ヒョング社長の拘束にも全力を挙げている。というのも、カン社長は昨年、監督庁の未来創造科学部に虚偽の事業計画書を提出しただけでなく「ロッテホームショッピング」の再承認を得るため政治家や役人らに金品を贈与した疑惑が指摘されている。
検察はカン社長をはじめロッテグループ首脳部の個人口座まで追跡しているが、国会議員では与党セヌリ党のチェ・ギョンファン議員にロッテから昨年末から今年初めまで50億ウォンの金品が渡ったとみて、捜査を進めている。
チェ議員は同じ大邱高出身のロッテグループのソ・ジンセ政策本部対外協力団長や「ロッテ物産」のノ・ビョンヨン代表取締役等と大邱オーナーズクラブで定期的な会合を持ち、親交を深めていたとされている。検察はチェ議員に政治資金法違反や収賄容疑で逮捕する方針のようだ。
一方、横領、背任容疑などですでに逮捕されているロッテグループ創業者である申格浩(日本名:重光武雄)総括会長の長女である辛英子ロッテ奨学財団理事長は明日(25日)にも横領や裏金操作の容疑で起訴されるようだ。
辛容疑者は2012年から2014年まで「ホテルロッテ」免税店代表の座にあった際に「ネイチャーリパブリック」のロッテ免税店出店に便宜を図り、その代価として10億ウォンを受け取ったほか、一部化粧品会社や飲食店などからも30億ウォン相当の金品を授受した容疑が掛けられている。また、息子に所有させている流通会社「BNF通商」から40億ウォンを横領した嫌疑も掛けられている。
検察は7日に身柄を拘束してから本人の収賄や横領に留まらずロッテグループ全体の裏金造成や系列会社の不正取引疑惑も追及しているが、この件に関しては辛英子容疑者からまだ供述は取れてないようだ。
検察は「ロッテケミカル」と「ロッテ物産」の取引内容などロッテグループの不透明な支配構造を解明するため日本の司法当局に協力を求めているが、手続きが捗っていないようだ。それでもロッテグループ政策本部が保有していた「日本ロッテホルディングス」と「L投資会社」の関連資料を確保して、全容の解明を急いでいる。
「ロッテ・スキャンダル」はいよいよ本丸にメスが入りそうだ。

辺真一 コリア・レポート編集長
Yahoo!ニュース 2016年7月24日 7時25分配信
http://bylines.news.yahoo.co.jp/pyonjiniru/20160724-00060305/


ググルせんせバロス!(爆wwwwwwwww

大阪市でヘイトスピーチ審査始まる…会長には坂元茂樹・同志社大教授

 民族や人種に関するヘイトスピーチ(憎悪表現)抑止条例を全国で初めて施行した大阪市で25日、審査会の初会合が開かれた。
審査委員5人の互選により会長に国連人権理事会諮問委員会委員も務めた坂元茂樹同志社大教授(国際法)を選び、申告があった13件の審査が始まった。

内訳は、在日韓国・朝鮮人らでつくる団体が申し出た過去のデモの動画などインターネット上の投稿計12件と、市内在住者が申し出た1件。
審査会の答申を受け市長がヘイトスピーチに当たると認定すれば、市は団体や個人の名称公表やネット動画などの削除要請を行う手続きだ。

坂元会長は「全国的に注目を集めており、国際的人権基準に対する理解だけでなく、憲法の定める自由と権利への深い理解が必要だ」とあいさつ。その後の個別事案の審査は条例に基づき非公開で進められた。

http://www.sankei.com/west/news/160725/wst1607250073-n1.html

リュックサック



東京女子医科大病院 抗てんかん薬多量投与、女性死亡

女子医大病院で抗てんかん薬多量投与、女性死亡
2016年07月25日 17時46分

東京女子医科大病院(東京都新宿区)で2014年、脳腫瘍の女性が添付文書の記載を上回る量の抗てんかん薬を投与され、重い皮膚障害を発症後に死亡していたことが遺族への取材でわかった。

病院からの依頼を受けて調査した社団法人「日本医療安全調査機構」は、薬の副作用が死亡につながったとし、「標準的な治療とは言えず、リスクを患者側に十分説明すべきだった」と指摘している。

遺族や同機構の調査報告書によると、死亡したのは川崎市の長浜裕美さん(当時43歳)。同病院で、脳腫瘍が再発した疑いがあると診断されていた長浜さんは2014年8月、けいれん発作を起こし、抗てんかん薬「ラミクタール」を1日200ミリ・グラム処方された。約3週間後、中毒性表皮壊死症となり、肺炎などを併発して死亡した。
(ここまで340文字 / 残り172文字)
2016年07月25日 17時46分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
http://www.yomiuri.co.jp/national/20160725-OYT1T50036.html

早速Confirmationが来ましたね。


フランスパンは上級国民の証




→ジャンヌ・ダルク


小沢一郎マンセーな鳥越俊太郎と言えばサイゼリヤ、サイゼリアと言えばBNPパリバ

2016年07月23日
【2016都知事選】「サイゼリヤで晩飯喰ってワイン飲む貧困層の気持ちが分かるのは鳥越俊太郎だけ」発言に対しサイゼリヤ関係者?「非常に不愉快。営業妨害」
http://birthofblues.livedoor.biz/archives/51633871.html


デリバティブ損失訴訟、サイゼリヤ敗訴 「リスク認識」
2015年8月28日17時43分

レストランチェーンのサイゼリヤがデリバティブ(金融派生商品)取引の契約で多額の損が出たとして、BNPパリバ証券などBNPパリバグループ3社に計約168億円の損害賠償を求めていた訴訟で、東京地裁の福井章代裁判長は「サイゼリヤ側はリスクを認識したうえで取引していた」と請求を棄却した。

判決によると、サイゼリヤは、オーストラリアの子会社から食材を輸入する際に為替変動で損が出るのを防ぐため、2007年と08年、BNPパリバ側とデリバティブ取引の契約を結んだ。しかし、その後の金融危機で円高になり、多額の損失が発生し、契約を解約。解約金約153億円を支払った。

サイゼリヤ側は「リスクについて十分な説明がなかった」などと訴えていたが、判決は「(BNPパリバ側は)巨額な損失が生じるリスクを原告側に説明していた」と指摘した。
http://www.asahi.com/articles/ASH8X55RYH8XUTIL01P.html








2016年7月24日日曜日

cosa bella mortal passa e non dura



またまた容赦なく無慈悲なConfirmationが・・・(爆wwwwwww


モロッコとチュニジアとヴェロニカ派こと汚腐乱巣ライン




イロコイ族に拷問されてぶっ殺されたとされる汚腐乱巣系イエズス会の聖人、ジャン・ドゥ・ブレハブも日本では禁句


日本語WIKIは見当たらないようで・・・

先ずはラクロスのWIKIから・・・

ラクロスは、もともと北米の先住民達が、自分たちの神との繋がりを深める儀式の一環として行ったり、部族間の争いの平和的解決に用いていたものであ る。彼らが行うこの競技は白人から「スティック・ボール」と呼ばれていた。この競技が白人の文献に登場したのは、1637年のことである。
北米の先住民のラクロス競技は、試合前に呪い師によってセージや杉などの葉が火にくべられ、神聖なパイプによる清めの儀式が必ず行われる。現代においても、インディアンたちがこの競技を行う際には、必ずこの儀式が執り行われる。
そもそものラクロスの起源は南東部とされ、スティックも一本ではなく、チョクトー族などは両手にスティックを持って競技を行った。スティックの形状も部族ごとに違い(左図)、試合の準備には数ヵ月がかけられ、北米の先住民達は試合前に徹夜で戦勝祈願の踊りを舞い、これに臨んだ。
これは各チームが1,000人以上になることもあり、ゴールとゴールの距離は短くて500ヤード(約460メートル)、長いときには数マイルにも及ぶ広大なフィールドで、戦闘や狩りに必要な耐久力、勇気を養うためのものだったと言われる。
これをフランス系の移民スポーツとして採り入れ、五大湖地方の部族のワイアンドット族(ヒューロン族)が使用していたスティックが、キリスト教の僧侶の持つ杖 (crosse) に似ていたことから、フランス語定冠詞「La」を付けて「ラクロス (La-Crosse)」 と呼ぶようになった。
こうして1839年に、カナダに白人で構成されたラクロスチームが誕生し、ファースト・ネーションで構成されたチームとの公式戦が開催された。複数試合行われた結果は、ファースト・ネーション側の全勝だった。
現代競技としたのは、カナダのモントリオールの歯科医ウィリアム・ビアズで、彼はカナダとアメリカの国境付近に住むイロコイ族保留地(Reservation)でこの競技の魅力に取りつかれ、これをスポーツ競技として普及させた。つまり、スティックを一本持って行う現在のラクロスは、イロコイ族のラクロス競技が基になったものである。
1869年、ビアズによって公式ルールブックが出版され、この年にカナダの国技に採用された。https://ja.wikipedia.org/wiki/ラクロス

ラクロスの英語WIKI・・・
Lacrosse played a significant role in the community and religious life of tribes across the continent for many years. Early lacrosse was characterized by deep spiritual involvement, befitting the spirit of combat in which it was undertaken. Those who took part did so in the role of warriors, with the goal of bringing glory and honor to themselves and their tribes.[8] The game was said to be played "for the Creator" or was referred to as "The Creator's Game."
The French Jesuit missionary Jean de Brébeuf saw Iroquois tribesmen play the game during 1637 in present-day New York. He was one of the first Europeans to write about the game.[9] He called it la crosse ("the stick"). The name seems to be originated from the French term for field hockey, le jeu de la crosse.[10] A "crosse" in French is any stick curved at its end (Example: Crosse d'evêque - Bishop's crozier)
ttps://en.wikipedia.org/wiki/Lacrosse

で、


小沢一郎のご先祖さまの中にザビエルさん(爆w





François Bernard Xavier de ROCQUES Rocques de Montgaillard
(François Bernard Xavier de ROCQUES)


で、ド・モンブラン家は代々、汚腐乱巣系ローマン・カトリックの家柄なわけで・・・