2017年9月22日金曜日

両陛下@誠之堂

両陛下 渋沢栄一ゆかりの文化財などを視察 埼玉
9月21日 18時17分
天皇皇后両陛下は、21日、埼玉県深谷市を訪れ、地元出身の明治時代の実業家、渋沢栄一ゆかりの文化財などをご覧になりました。
両陛下は、20日から私的な旅行で埼玉県を訪れていて、21日は、深谷市にある国の重要文化財の「誠之堂」を訪ねられました。
「誠之堂」は、深谷市出身で、国内初の銀行や数多くの企業の設立に関わり、「近代日本経済の父」と呼ばれる実業家、渋沢栄一の77歳の喜寿を祝って、大正5年に建てられた建物です。
イギリス風のれんが造りでありながら、壁にある「喜寿」の文字などは東洋風のデザインで描かれていて、両陛下は、大正時代を代表する文化財を熱心にご覧になっていました。
続いて両陛下は、渋沢栄一の生誕の地に足を運ばれました。
渋沢の生家は現在は残っておらず、両陛下は、明治時代に妹夫婦が建て、渋沢家の住まいなどに使われた「中の家」と呼ばれる屋敷をご覧になりました。
ここには、東京に住んでいた渋沢が毎年帰省した際に寝泊まりしていた部屋が残されていて、天皇陛下は、床の間の柱などを見て、「立派ですね」などと話されたということです。
このあと、両陛下は、市内にある渋沢栄一記念館も視察し、2日間の日程を終えて東京に戻られました。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170921/k10011150941000.html





で、こちらは可憐にスルー・・・(爆wwwwww


埼玉県指定有形文化財
清風亭

この建物は大正15年(1926)に第一銀行2代目頭取、佐々木勇之助ささきゆうのすけの古希こき(70才)を記念して、現在の東京都世田谷区瀬田に在った銀行の保養施設「清和園せいわえん」内に建てられました。
設計は銀行建築に活躍した西村好時にしむらよしとき(こうじ)、施工は清水組しみずぐみ(現在の清水建設株式会社)が行いました。
建築面積は168.48㎡、棟むねまでの高さは5.836mを測ります。
構造は鉄筋コンクリート造、外観は人造石掻落じんぞうせきかきおとし仕上げの白壁にスクラッチタイル(ひっかき傷をつけたタイル)と鼻黒煉瓦はなぐろれんが(黒褐色のれんが)がアクセントをつけ、屋根には瑠璃色るりいろの釉薬うわぐすりをかけたスパニッシュ瓦(スペイン風を模した丸瓦)が葺かれています。
大正12年(1923)の関東大震災を契機に建築構造の主流となった鉄筋コンクリート造の初期の事例として、建築史上貴重な建物です。
平成9年(1997)、取壊しの決定に伴って深谷市が譲り受け、平成11年(1999)当地に移築、平成16年(2004)3月23日、埼玉県の有形文化財の指定を受けました。



、、、(爆wwwwwwww

5 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

りゅうご

ディアブロ

サタニスト 8

匿名 さんのコメント...

そういや某筋に、スパニッシュオムレツが得意技の料理研究家がいたっけ。

匿名 さんのコメント...

地球市民学科|清泉女子大学

匿名 さんのコメント...

郷土の偉人渋沢栄一翁 - 深谷市教育委員会
www.education.fukaya.saitama.jp › ...
深谷が生んだ日本資本主義の父、といわれる明治の大実業家・渋沢栄一は、孔子の教え「論語」を生涯の行動規範とし、 ..... 栄一の生涯を通じての基本理念は「論語」の精神(忠恕の心=真心と思いやり)にあり、単なる利益の ...

中華人民共和国ご訪問に際し(平成4年) - 宮内庁
www.kunaicho.go.jp › gaikoku-h04-china
中国の古典や歴史から学ぶことがたくさんあります。私が好きな言葉に 忠恕 ( ちゅうじょ ) ということがありますが,これ は自分に誠実で,そして人の心を思いはかるという意味のことです。これは論語にある言葉であり,また,私が ...

論語「忠恕(ちゅうじょ)」 - 首相官邸
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Oct 11, 2001 - 首脳会談に先立ち、私は、盧溝橋の記念館で「忠恕(ちゅうじょ)」と揮毫(きごう)した。「忠恕」とは、 論語の言葉。弟子の曾子(そうし)が、 「先生(孔子)は、終始一貫して変わらぬ道を歩いてきた。その道 ...

小泉内閣メールマガジン - 首相官邸
www.kantei.go.jp › backnumber
トップ > 小泉内閣メールマガジンバックナンバー. 小泉内閣メールマガジン. 盧溝橋記念館で「忠恕(ちゅうじょ)」と「揮毫( 盧溝橋記念館で「忠恕(ちゅうじょ)」と揮毫(きごう)する小泉総理. 小泉総理の直筆の写真 小泉総理の直筆.

小泉信三エッセイ選 1 善を行うに勇なれ - 慶應義塾大学出版会
https://www.keio-up.co.jp › detail_contents
みんな勇気を 善を行う智 父と子 美澤先生を偲ぶ(抄) 善い言葉 徳教は目より入り、耳より入る 己れの欲せざる所人に施すこと勿れ 夫子ノ道ハ忠恕ノミ 道徳教育と耳と目 吾れかく信ず 期待される人間像. Ⅲ 国を想う 法隆寺金堂の炎焼

匿名 さんのコメント...

渋沢栄一 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/渋沢栄一
渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日) - 昭和6年(1931年)11月11日)は、江戸時代末期(幕末)から大正初期にかけての日本の武士(幕臣)、官僚、実業家。第一国立銀行や東京証券取引所などといった多種多様な企業の設立・経営に関わり、「日本資本主義の父」ともいわれる。 .....日本では渋沢の肖像を入れた紙幣は発行されなかったが、1902年から1904年にかけて大韓帝国で発行された初期の第一銀行券の1円、5円、10円券には当時の経営者だった渋沢の肖像が描かれていた。ちなみに、この第一銀行券を「一国の紙幣が日本の民間銀行の銀行券を使用しているのはいかがなものか」と韓国独自の中央銀行(後の朝鮮銀行)へと切り替えたのは韓国統監時代の伊藤博文である。